Tomio seike biography of abraham
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清家冨夫
清家 冨夫(せいけ とみお、1943年(昭和18年) - )は日本の写真家。名前の表記には片仮名の「セイケ トミオ」を用いることが多い。
経歴
[編集]東京都に生まれる。幼少期、カメラ好きだった叔父からの影響で写真に興味を持つようになる[1]。3年間の会社員経験を経て[2]、1970年に日本写真学園研究科を卒業[3]。同校の講師(のちに校長)を務めていた林忠彦に見出され[1]、1971年から1974年にかけて林のアシスタントを務める。
1974年、当時憧れていたサム・ハスキンスのスタジオに入りたいと思いイギリスに渡るが、当地で見たハスキンスのプリントはすでに清家の好きだった頃からは作風が変わっており、ハスキンスとの接触は断念[1]。これ以降フリーランスとして、1985年頃まで主にファッション雑誌の仕事を手がける[3]。1987年以降はブライトンと東京を拠点として作品を制作している[2]。
1982年に東京でポーランド系アメリカ人芸術家のゾーイ・レナード(Zoe Leonard)と出会い、その後5年間に渡り東京、パリ、ニューヨーク、ロンドンで彼女を撮影した、The Portrait of Zoeのシリーズで注目を集める[2]。著名なギタリストのアンディ・サマーズがこのシリーズのプリントを気に入り購入し、このことが作家としての「大きな転機」[1]となった。
その作品はヒューストン美術館、テート・モダン、ヨーロッパ写真美術館、フランス国立図書館等に収蔵されており[4]、また、ロンドンのハミルトンズ(Hamiltons)およびカーメル・バイ・ザ・シーのウェストン(Weston Gallery)の所属アーティストでもある。
使用機材
[編集]ライカを使用していることで知られるが、過去にはローライフレックスやスーパーイコンタで撮られた作品もある[5]。フィルムは主にコダックのトライXを使用し[6]、印画紙はエクタルアを愛用していた[7]。
代表作のTh